悲観することは一切ない(2016バルセロナ準優勝)
4/24 現地17:30~(日本時間翌日24:30~)
ATP500 Barcelona Open Banc Sabadell
Championship
[2]Kei Nishikori 4-6 5-7 [1]Rafael Nadal
切り替えましょう。
これは4つあるうちの上から3番目のグレード、ATP500の決勝です。
ただの1試合にすぎません。
結構悔しさがあります。
それはいろいろな理由があるでしょうが、一番は錦織のプレーが終始落ちることがなく、「この日の」ベストは出し切ったことにあります。
本当にいい勝負でした。テニスはよかったと思います。
第1ゲーム、ナダルがキープして試合は始まりました。やや微妙なプレーも両者出る中、ここからどうなっていくのか。鍵は錦織のサーブだと思っていた次のゲームでした。とんでもないことが起きました。
錦織はストロークの押し引きをオフェンスに全振りした状態でプレーを始めました。
正直「こんなプレーは最後まで続かない」と思っていました。
確かにこれだけ攻めれば今週のナダルからのポイントは取れる、それはそうだったのですが、リスクを取りすぎている気がしました。
しかしこれが最後まで続きました。
錦織はピーキングを決勝に持ってきました。SFまでのそれとは別人でした。2時間近くほぼこのプレークオリティーを持続させました。
惜しい試合、というのは下位選手でもありますが、よくありがちなのが、スタートからトップギアに入れた下位選手が調子を上げ第1セットを先取、第2セットを取ってMP寸前まで行くも上位選手がしのぐ→そのまままったく競ることなく逆転負け
というパターンです。
これはどういうことなのか?簡単です。下位選手のそんなプレーは長時間続かないということです。
実は第1セット序盤、私はこのパターンを考えていました。落ち切る前に先行しないと終わる。
最終結果は違いました。2セット目1-4から挽回するほど、最後まで五分の戦いだった。
他の選手の番狂わせの起こし方と違い、確固たる実力でナダルを追い詰めようとしました。
次のゲームはチャンスが来ました。0-30となります。いきなりブレークのチャンスです。
しかし次のポイント、セカンドサーブをナダルはボディーに打ってきました。
この選択です。術を知っています。私も意表を突かれましたし、錦織も意表を突かれたと思います。リターンミスになります。
そしてラッキーな形で15-40とするものの、ナダルがここからエース級2連発。次のポイントを錦織がセカンドリターンミスすると、その次のポイントもエース級。4連続ポイントでナダルがキープします。
クレーですので、BPまでは結構行きます。ナダルをもってしてもです。
しかし全盛期ナダルはここからがすごい。驚異のBP回避力できっちりとキープしてきます。
それもそのはず、キャリアでのナダルのクレーコートでのBPセーブ率は66.5%。これはハードコートの65.0%を上回っています。
これがいかに奇妙かはお分かりだと思います。ハードのほうがサーブでのBPセーブ率が高くなるのはコートスピードの観点から当たり前で、たとえばジョコビッチはハード66.6%→クレー62.0%、フェデラーはハード67.6%→クレー64.9%など、上位選手でもハードのほうがクレーよりもBPセーブ率は高くなっています。
庭であるクレーコートの勝率の高さには、こういった指標も大きく働いてきます。
そして、他選手はクレーのほうがBPセーブ率が下がるのですから、勝つのは当然です。
なぜクレーコートでBPセーブ率が上がるのか?この答えはこのあとわかりました。
次のゲーム錦織はミスが先行し落とします。ナダルが2BPをしのいだのとは対照的です。
BPで錦織は1stサーブを入れていましたがストロークでミスしてしまいました。
第5ゲームでは0-40とチャンスを作ります。ここはナダルに2本しのがれるものの、リターンエース(ただしラインにかかっていなかったので本来アウト)となってブレーク成功。追いつきます。
第7ゲームでも0-40とします。しかしここからナダルが5連取。うち1stサーブは4本入りました。
惜しかったのは15-40でセカンドサーブからのラリー。あのバックハンドDTLが入っていれば…というところですがこれは責められません。ここまでそのテニスでナダルと戦ってきた以上、一定確率で出るミスです。15年後半のBP取れない病とは違います。
結局この1つのミスが重くのしかかり、9ゲーム目から少しだけ簡単なミスが出始めたところをナダルが逃しませんでした。10ゲーム目、錦織は最初のSPを落としてしまいます。しかしここも1stサーブを入れていました。
正直1セット目が4-6というのは恐怖です。内容はほぼ互角。タイブレークにももつれず落としてしまいました。
しかし錦織が致命的に悪かったかというとそうではなかったと思います。むしろあれだけ攻撃し、11本のウィナーを打ち切ったからこその複数のブレークチャンスでした。
上位同士の激突にありがちな、BPコンバージョンのみの差。
ハイレベルな第1セットが終わりました。
第2セット、ナダルはセットを取り勢いづき、錦織はトップギアからやや落ちかけた場面。一気に持って行かれかねないこの状況ですら錦織は諦めていませんでした。40-0からブレークに成功し、全く試合の流れを渡しません。
そのあとの3ゲームは軽率でした。個人的に痛いと思ったのは1-0からの2ゲーム目です。
このゲーム錦織はドロップショットを2本打ちますが、2本とも失点しました。
ナダルのコートカバー力でドロップショットを打つ時は相当気を付けて打たないといけません。甘く返ってきて次を決めればいいという思考で打ってしまえば、それはただのチャンスボールになる時さえあります。
この2失点から貯金をあっさりと吐き出してしまったことが、2セット目の苦しい展開を呼びました。
あそこで2-0にしていれば…ナダルも焦ったと思います。
事実ナダルは手を緩めませんでした。2週連続優勝というそれ以上にまるでマスターズを取ったかのような優勝時の倒れこみ方。錦織にとっての14年楽天のような、ただの500とは思えないほどの優勝時のリアクションがすべてを物語っています。この試合の重要さ。そして強敵から逃げ切ったことへの喜び。
BPでのミスもそうですが、個人的に気になったのはこのゲームです。
その後4-1と絶体絶命になりますが、6ゲーム目のキープがよかった。ラブゲームしかもフリーポイントも作り、勢いが出ました。
そして第7ゲーム。ナダルが痛恨のウォッチミスで15-40とピンチを背負います。
1本目はまたしても1stサーブを入れられて落とすも、次のポイントではセカンドサーブからのリターンでポイント。やっとBIG4らしい、ラリーからつないでポイントを取れる形でブレークができました。
第8ゲームではBPのピンチを4回も背負いますがキープ。ロングラリーもあり終わったという空気もありました。大きなキープでした。最後のBPをしのいでからキープまではワイドのサーブでポイントを稼げました。フリーポイントをこの場面で取れたことがキープの理由です。
9ゲーム目、ここは一気に行きたかった。
1-4からの挽回はWTFフェデラー戦でやったばかり。何となくその機運も高まっていたところだったのですが、こういう場面をナダルはわかっています。確率重視の1stサーブで、主導権を渡しません。
10ゲーム目は大ピンチ。嫌なミス2本で30-40のMP。しかしここでドロップショット!!!
とんでもない。私なら絶対にやらないプレーでMPをしのぐとそのままキープ。流れが来ます。来るはずでした。
しかし11ゲーム目に錦織に少しだけ簡単なミスが出ると、12ゲーム目でした。15-0からのフォアストレートをサイドアウト。このミスはアカプルコフェレール戦に重なるようなミスで嫌な予感がしました。
次のポイント。ナダルが驚異的なコートカバー力でドロップを拾うと最後はボレーを確実に決めポイント。
15-30という急所で錦織が痛恨のスマッシュミス。といっても下がりながらで難しく、この3ポイントナダルが守備で上回りました。
最後は錦織がストロークミスで終了。ナダルが9回目の優勝、そして2012年以来のクレー2週連続優勝を達成しました。
The stats from the titanic tussle. #bcnopenbs pic.twitter.com/t6PDbRSVLh— TennisTV (@TennisTV) 2016年4月24日
スタッツです。これを見ると錦織がいかにいいテニスをしていたかがわかります。ほとんど差はありません。
決してやっていたことは間違っていなかったと思います。
BPコンバージョンも気になりますが、実は第2セットのセーブ率が高かったのは錦織。そこまで悲観することでもないと思います。BPコンバージョンはBIG4ですら上下動がありますので仕方ないです。
かなり荒く言えば時の運です。勝ってもおかしくなかった。
しかし一方で負けた理由もあると思います。
このあといろいろ書きますが先に結論を言っておくと非常に高い要求です。
ただ状態のいいBIG4に勝つためにはさらにもう一段が必要。
いわばいちゃもんつけであることは断っておきます。
タイトルにある通り、何も悲観していません。このテニスができていればまたチャンスは来ます。
ただそのチャンスが来た時に、今度こそ確実にものにするための要求です。
・錦織のオフェンシブテニスVSナダルのディフェンシブテニスという「必然的負け」の構図
簡単に言えば、ナダルは守るそして拾う、そこにはリスクは少ないです。
一方の錦織は全球攻め、そのためリスクが必然的に発生する。
部分的に勝つことができても、総合的に勝つことは難しいということです。
この試合、二人がどうやって勝とうとしたかはしっかりと伝わってきました。
錦織はマドリード、カナダでやったように、錦織躍進のきっかけとなった前で捉えるテニス。コートに入れるときは入って、ナダルから時間と思考を奪っていく。これでいいと思います。
結構な人が「ミスが多かった」と評していますが、ミスが多ければW29-UE34という比率にはなりません。ほぼ1です。ちょっとUEが多かった分の負けということでしょうか。
ちなみにナダルを攻撃的なテニスで破り、クレーでの倒し方の見本(とされているが、あんなのはそう何度も再現できない)と言われているソダーリンの09全仏ですら、W62-UE58。わずか4本しかウィナーは上回っていないですし、4セットとはいえ60本近いミスをしています。つまり、ナダルを破るために攻撃することは何ら間違っていません。
では一方のナダルはどうしたか。簡単です。攻撃的ならとにかく拾うしかない。何度もストロークを打たせれば、必然的にミスの数が増えます。
1球のDFも30回続いたラリーのミスも1本とカウントされるUEです。絶対量と相対量とでもいうべきか、実際あれだけのラリーで2セット34本はそんなに多い数字とは言えません。見た目の34本がすべてではありません。
そしてこの時のナダルがすごかったのは、フォアハンドがことごとくオンラインで突き刺さったことです。
ナダルと言えばフォアハンド。2014年以降の衰退の原因は、サーブもそうですがフォアハンドが浅くなり、チャンスボールを作ることができなかったこと、ウィナーを取れなかったことがその大きな一因です。
全盛期のナダルを知っている人が日本のテニスファンの半分もいない時代、というのが恐ろしいことですが、そんな方たちにとってナダルの全盛期とは脳内再生すらできない幻のようなものだと思います。
ナダルほど、日本のテニスファンに過小評価されているテニス選手はいないと思います。
今ジョコビッチに抱いているような絶望感がまさに当時のナダルでした。
ラリーをすればオンライン際から跳ねるエッグボールの返球に苦しみ、攻めると拾われてこちらがミスする。消極的なラリーをすればすぐに回り込みフォアハンドの餌食になる。
はっきり言ってどうやって勝てばいいかわかりませんでした。クレー以外では無敵だったあの全盛期フェデラーですら勝てなかったのですから。
でいろいろ考えた結果、一つの結論となったのがあの09全仏のソダーリン戦でした。リスクを負ってでも攻めるしかない。
この日の錦織は、まさに対ナダルの正攻法をやっていたと思います。
ただナダルを破るにはもう少しミスを減らすかウィナーを量産するしかなかった。
そしてこうなってしまった理由がナダルのオンラインに突き刺さるストロークでした。
何せバウンド後を叩くためには錦織はベースラインより後ろから打つしかなくなりました。
コートまでの距離が遠くなるのですから、ウィナーも減るしミスも増えます。
マドリード、カナダと比較して前で打つことができなかった。
じわっじわっと差がついてしまった理由でした。
・BPでの「本当の差」
BPでのコンバージョンについて気になるところですので調べてみました。
このデータ集めには「錦織圭を鼻血が出るまで応援するブログ」でおなじみのnetdashさんの実況記録が役立ちました。本人に許可をいただき、このデータを使用させていただきます。ありがとうございました。この記録と残っていなかったところは私が映像で確認してまとめました。
記録は左側から順に、通し番号、ゲームカウントとポイントカウント、第△サーブだった、サーブ側から見たポイントの結果を〇×、です。
ナダルサーブ
第1セット
1.G3P5 1〇
2.G3P6 1〇
3.G5P4 1〇
4.G5P5 1〇
5.G5P6 1×
6.G7P4 1〇
7.G7P5 2〇←DTLミスったやつ
8.G7P6 1〇
第2セット
9.G1P8 1×
10.G5P6 1〇
11.G5P14 1〇
12.G7P5 1〇
13.G7P6 2×
もういかにおかしいかがわかると思います。1stサーブが11/13。80%を超えています。
2ndサーブのリターンで2分の1だったのは回数も少ないですし、結果論重くのしかかるDTLミスだったとはいえそれ単体は責められません。むしろリターンミスなのです。1stサーブのですが。
1stサーブのリターンを複数回錦織はミスしています。サービスウィナーもあったとはいえ、差はここしかなかったと思います。
一方の錦織を見てみましょう。
錦織サーブ
第1セット
1.G4P6 1×
2.G10P6 1×
第2セット
3.G2P6 2〇
4.G2P8 1×
5.G4P5 2〇
6.G4P6 1×
7.G8P5 1〇←リターンミス
8.G8P6 2〇
9.G8P8 2〇
10.G8P10 1〇←返したが浅いリターン、3球目を叩く
11.G10P6 2〇←CPでドロップ
12.G12P6 1×
びっくりしました。調べる前からそんな気はしていました。
なんと錦織のBPでの1stサーブインは7/12で58%。そこまで悪くないのです。しかしリターンミスのフリーポイント1つと、浅いリターンのチャンスボールを決めた実質フリーポイントの1ポイント以外の5ポイントすべてで失点しています。
さらに、セカンドサーブの5本はすべてロングラリーを取り切っています。
意外なデータが出ました。この試合を見て「BPで1stサーブを入れる」という改善案が全く意味をなさないことがわかりました。
エースなんて実はいらないのです。そのあとどうやってポイントをメークするかです。ここに違いが出ました。
ではその差はなんだったのか?実はある2ポイントでその違いを実感するところがありました。第2セット5ゲーム目です。
1-3と連続ブレークを許したものの、6ポイント目と14ポイント目、2回チャンスがあった場面です。
ここは絶対に!— twosetdown (@twosetdown) 2016年4月24日
ええ…— twosetdown (@twosetdown) 2016年4月24日
リターン悪くないのになあ…— twosetdown (@twosetdown) 2016年4月24日
このツイートの発端となったプレーは非常にシンプルでした。
ナダルがアドサイドでサーブを打つ→錦織そこそこのフォアリターンをナダルバック側に打つ
→次の瞬間、フォア回り込みが逆クロスのオープンコートに炸裂、ノーチャンス
ノーチャンスでした。ノーチャンス以外の表現がありませんでした。
これをノーチャンスにしないためには、相当いいリターンを打つしかありませんでした。
ところがBPで2回とも打ったナダルのサーブは実質ボディー。外から回転をかけて錦織の手元側に曲がってくるサーブで、これをうまくクリーンヒットするのは難しいです。左利き選手しか打てない球種のサーブなので練習もそんなにできていないでしょう。
そして満足な体勢でフォアを打たれました。BPでこのしのぎ方…ん?同じ形???
ここで気が付きました。ナダルは同じ形をわざと使ったのではということです。
先ほどナダルのBPセーブ率が異常だという話をしました。なぜハードコートよりクレーコートの確率がよくなるのか?その答えがありました。このパターン、クレーのほうが起きやすいからです。
クレーコートはエースがとりにくい一方、すべてのストロークが減速します。もちろんリターンもです。
つまりナダルの場合、返ってきたリターンの球威が落ち、よほどいいリターンでない限り打ち頃のボールが返ってくる→それをフォアで回り込み、だいたい逆クロスに決める
このパターンが確立しているのです。
そしてこれを防ぐ方法は難しい。結局さっき書いたようにいいリターンを打つ以外に方法がないのです。
いやいやTSDさんよ、それはアドサイドだけの話ではないのか?と思われるでしょう。右利きのスライスサーブを持っている選手であれば、左右を全く逆にしたことがデュースサイドでできて、ポイントを取れるはずです。
ですが違います。ブレークポイントとは、非対称なのです。
ついに過労でおかしくなって哲学的な発言なのかと言われそうですが違います。
ブレークポイントとなるカウントは、0-40、15-40、30-40、40-Advの4通りです。
このうち、デュースサイドは15-40のみ、それ以外はすべてアドサイドであり、先ほどのナダルのパターンが適用されます。
15-40で得点しても30-40はアドサイドですし、どうやってもアドサイドのほうがBPが多くなります。
もちろんBPを掴むためには多くやってくるデュースサイドでポイントを取らないといけないのですが、BPを止められてしまったら一緒です。
ナダルは全テニス選手の中で唯一無二のこの得点パターンで、何度も窮地をしのいできたのです。
ナダルにはBPでも確実に取れるパターンがあり、錦織にはなかった。
ナダルと戦い続ける限り、引退までこのパターンをどう防ぐかがリターンゲームのカギになりそうだと思いました。
他にも何点かあるのですが、筆が進みすぎました。もう読者の皆さんも疲れていることでしょう(笑)
今回はこの辺にして終わりたいと思います。また別の機会に。
とにかくこれはATP500の決勝。今後の錦織のキャリアと期待値を考えれば所詮前哨戦でよかったと割り切れます。
今回ナダルといい試合ができ、かなり細かいデータが取れた(向こうもですが)ことは大きな収穫です。少なくとも私はだいぶナダルに詳しくなりました。錦織も次に当たる時はまた新しい何かを見せてくれると思います。
借りはクレーの大きな大会3連戦でいくらでも返せます。
普通年間15敗以上はするわけですから、BIG4に5敗、それ以外に2敗というのはOKでしょう。
負け方もジョコビッチ戦はいただけなかったですが、マレー戦とナダル戦2回は「手が届く」と感じさせてくれるくらいいいテニスができています。
去年はこういう高いクオリティーのゲームがなかったです。明らかに進歩しています。
こういう試合ができていれば必ずチャンスは来ます。ワウリンカがそうであったように、頂はそう遠くないです。