壁を超える日は、突然やってくる(2016全米QF)
どうにもこうにも疲れてて、自分に甘えてしまって目覚ましを設定せずに寝ました。
2時開始の試合予定だったのですが、前の試合の女子の試合が1時開始。だいたい3時前くらいに開始したとして、4時間ゲームしても7時か…もう限界だ…
起きたのは6時前でした。
まず4セット目の途中だったのが驚きでしたが、もっと驚きだったのはその内容です。
ここまでの4セットを簡潔にまとめると
1セット目…錦織ミス多め。マレーのうまさが目立つ。マレー6-1であっさり。
2セット目…ブレークしたあと錦織がすぐによく戻した。最後はお得意のQSKパターンで取り返す。6-4で1セットオール。
3セット目…今度は逆にマレーが4-4から突き放す。ブレーク合戦を取り切れなかったのは痛い。マレーが先に王手。
4セット目…マレーが崩れる。謎のスタジアム全体に響き渡る轟音とコート上に落ちてしまった蛾にフラストレーションをためていた模様。
流れを掴んだ錦織はウィナーを量産。この時すでに私は2年前がよぎっていました。
あの時もフォアハンドでしっかりとウィナーを量産し、ボールを叩くことができていました。
当時のほうがサーブスタッツがよかった気がしますが、その分今は引き出しが増えたように思います。
この気持ちのいいウィナーとスピードボールで相手を押し込みウィナーを取る姿。
2年前と違い曇天の屋根が閉まった会場とはいえ同じコート。
正直、負けていても絶賛していたと思います。
テニスの内容がよかったからです。マレー相手に今回も食らいつくことができている。それだけで十分です。
今のプレーができているならばいつかチャンスは来る。今回は結果的にタフドローだったし仕方なかった。
そんな文章を書く覚悟もできていました。
しかし勝ちに変えました。では何が違ったのか?いろいろと見方はあると思いますが、私からは時間もないですし2点挙げたいと思います。
①セットカウントの流れ、ここまで数大会の経験を生かした
以前私は「2セットダウンからBIG4相手に逆転勝ちするのは限りなく不可能に近い」とデ杯マレー戦後に評しました。
一歩前に進みました。これは一歩ではないかもしれないですね。大きな前進です。と同時に、改めて2セットダウンからの逆転勝ちは難しいことを再認識し、もしそうしなければいけないなら一瞬たりとも隙を与えないことが重要だと肌で学びました。
(two-set-downの、その向こうへ(2016デ杯1R rubber4))
結局、上位選手同士のタイトなゲームでは、2セットダウン=負けということです。
歴史的に振り返っても、GSで2セットダウンから逆転勝ちした事例はほとんど見かけません。
(中略)
5セットマッチにおける1セットダウン後の2セット目の重要性を、錦織圭は理解していないのではないでしょうか。「落としてもまだ負けではない」ではないのです。
(この1敗を「ただの1敗」にできるか(2016全仏4R))
5セット勝利の時、勝者側から見るとセットの星取は以下のパターンになります。
①〇〇××〇
②〇×〇×〇
③〇××〇〇
④×〇〇×〇
⑤×〇×〇〇
⑥××〇〇〇(TSD勝ち)
①と②、⑤と⑥の間に1行空けたのは理由があります。
これは上から順に、2セットを終えた時のセットカウントが2-0、1-1、0-2です。
そして1-1のパターンがたくさんあることに気づきます。
つまり、0-2(or2-0)からフルセットになる確率より、1-1からフルセットになる確率の方が高いのです。
当たり前と言えば当たり前なんですが、これが1セットを取るのもしんどいBIG4相手だと余計そうなります。
だからこそ私はまず勝因を第2セットに挙げたい。もつれたブレーク合戦をQSKパターンで取り、厳しい状況ではあるものの額面上イーブンに戻した。この価値です。
②奇策ではなかったネットプレー
以前からマレー対策を考えるときに、アプローチの精度を考えることがありました。
マレーをオフェンス勝負に持ち込んだデ杯はマレー対策の一つの解法でした。
一方、15全豪ワウリンカ戦でやったような奇策のネットプレーは作戦として通用しないと思っていました。
なぜならマレーにはATPNO.1のロブの技術があるからです。
以前から錦織は中途半端なアプローチに出て失点することがあり、何度か私も指摘しています。
そしてなんであんな体勢悪いのにネットに出たよ 出る流れじゃなかったでしょう— twosetdown (@twosetdown) 2016年7月30日
えっそのネットプレーいったのか?— twosetdown (@twosetdown) 2016年8月18日
カナダのワウリンカ戦、シンシナティのトミッチ戦でこれらのコメントを出していますが、錦織の悪い癖だと思っているいくつかのうちの一つです。
これが解消されていたのが今回でした。
マッチポイントのプレーが象徴的なのですが、錦織がネットを取る時、緩いアプローチではなくしっかりと鋭いストロークの後に出るようになりました。
以前だと入れに行くアプローチで相手に打点に入られてパッシングorロブの読み合いになっていました。
ネットプレーとはポイントを決めに行くコースを広げる代わりに代償として隙を作る。その対価に見合う十分な体勢を作り出せないのなら、出ない方がましだという持論を唱えています。
今日の錦織はこれができていた。最後のマレーはやっと追いついての返球なのでロブが打てず、強引にパッシングを打たざるを得なかった。そしてそれがミスになっています。マレーに十分な体勢で返球させず、物理的優位を作り出したのです。
マッチポイントを具体的に解説しましたが、このようなポイントが今日は随所に、特に重要なポイントで多数見られました。
ファイナルセット4-3の40-30からのミス以外は決まっていたような印象を受けました。
マレーは錦織がここまでネットプレーを使うと想像できたのでしょうか。かなりいい作戦だったと思います。
その証拠に、すごい真面目に応援はしてるんだけど、時々マイケル・チャンの表情が穏やかに見えたのです。
びっくりしました。これは後から思い返すと作戦が機能していたからなのでは?と思えてなりません。
能書きはたくさんありますが、3月のマレーとの試合後の私の文章の締めくくりを振り返りましょう。
なんとしても1セットを…そんなことを考えていました。
このまま終わったら、もちろん大健闘だし絶賛して記事を書く準備はしていました。
何よりBIG4と互角の勝負をすることが重要と年初から言ってきました。
経験を積めばチャンスはやってくるし、その過程で運よく勝つこともあるでしょう。
そうしていくうちに真の修羅場をくぐる力を身につけ、やがてGSで勝つのです。
それを考えれば及第点どころか満点です。
(中略)
2014年に皆さんが描いていた「GSを取る錦織圭」、そのあまりにも高い要求だったものがいよいよ皆さんの前に姿を現したと言っていいでしょう。
チャンスは、必ず来ます。ピーキングを今回のようにしっかり合わせ、割けるところにリソースを割き、そしてGS本番と同じように中1日で試合すれば、フルスロットルでGS取れるプレーが5時間持つということが証明されました。
マスターズはわかりませんが、GSではこれをQFでギア入れ始め~SFトップギア~決勝惰性で行けば取れます。取れるイメージが私は湧きました。
依然マレーやジョコビッチ次第であることは否めませんが、まずはIWかマイアミで頂点の近くまで行ってほしいです。
今年の個人的目標はBIG4対戦12回、5回好勝負を繰り広げる、です。
すでに対戦2回、1回の好勝負です。
特にランキング1位を望む方は少し焦りから開放されたのではないでしょうか。あるいはこれくらいで当然でしょうか。
しかしいずれにしても見えてきました。本当に日本人がGSを取る、ということを、これだけ現実味を帯びて語れるようになるとは。
いよいよ長い長い道のりの折り返しに立ったのかもしれません。
ですが、まだ道は半ばです。
どうでしょうか。
とても3月に書いた文章とは思えません。予言でしょうか。
3月以降、錦織はまずマイアミで決勝に進み、BIG4との対戦を積み重ね、フェデラーが不在であるにも関わらず、ジョコビッチ5回、マレー3回、ナダル3回の計11回の対戦を実現し、このうちデ杯マレー戦、バルセロナ+マドリードの合わせ技1本、ローマジョコビッチ戦、五輪ナダル戦、そして今日。
なんとわずか8か月で11回の対戦、5回の好勝負、うち2つの勝利を達成しました。
そしてこの過程でランキングを戻し、BIG4に挑戦する錦織圭を自らの手で再定義し、BIG4に向かっていく先頭に立ちました。
今日の勝利は格別です。
GSでのBIG4からの勝利はあのジョコビッチ戦以来2年ぶり。いわゆる錦織フィーバー後では初です。
この勝利を生み出すきっかけになったのはあのデ杯での敗戦であり、あるいは五輪の3位決定戦でしょう。まくられそうになっても、冷静に再度チャンスをうかがい、取れるゲームを取って勝ちにつなげた。
強靭なメンタルと技術なくしては得られなかった勝ちです。そして今日単体ならこの勝利はなかったでしょう。
確固たる実力・経験・技術・体力でBIG4に勝ちました。
勢いに任せて勝った、我々も事態を認識できなかった2年前とは全く違う位置に立ちました。
3月の言葉を借りましょう。
長い長い道のりの折り返し、そのターンを切り始めた、そんな一日になりました。
まだゴールは見えません。4日後なのかもしれないし実体のない幻想なのかもしれない。
しかし、この1年やってきたことが無駄ではないことが証明されました。
間違ってないのです。あとはさらに一歩ずつ進んでいくだけです。