two-set-down新章

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スポーツナビブログ「とらきちの悠々自適生活」 「two-set-down」に続く3代目のブログ。two-set-downのブログの記事の置き場も兼ねる。

「worse」と「worst」(2016全豪QF)

1/26 現地19:30~(日本時間17:30~)

Grand Slam 2000 Australian Open

QF

[7]Kei Nishikori 3-6 2-6 4-6 [1]Novak Djokovic

高まった期待と、無に帰された喪失感。

惨敗から惜敗まで様々な論調を耳にしましたが、私が思ったことは一つ。

やっと、「この場所」で戦うことが始まったのだと、そう思います。

試合は最後まで見ました。

実はスコアほどの差はなかったかと思います。しかし一方で差はなかったかと言えば試合を通してずっと明確にあったと思います。

第1セット、特に調子が気になったのはジョコビッチでした。

シモン戦ほどとは言わずとも、単純なラリーからミスをすることが多く、今後の内容次第では勝てるイメージもありました。

しかし錦織もツォンガ戦から調子を落としてしまい、こちらも無理な攻めや意図の見えないストロークを打ちます。

ただこの試合を通して個人的にいいと思ったことを挙げると、錦織のサーブです。

特に第4ゲームは失点がすべてUE。落としでもおかしくないゲームでしたが、これをサーブポイントで切り抜けられるようになりました。

この辺りが、トップ10に入って以降の錦織圭の成長だと思います。

しかし第6ゲームで捕まってしまいました。40-0からまさかの5連続失点でブレークを許します。

最後がDFであったことが象徴的なように、実はここまではお互いのサーブのよさもあって単調なゲーム。ところが錦織の攻めがやや早くなりすぎたのか厳しいコースを狙いすぎたのか、ジョコビッチが何もしないままサービスゲームを献上しゲームが動きます。

その後も単調な試合が続き、1stセットは6-3でジョコビッチが取ります。

厳しい言葉を出せば、この地点でほとんど決まってしまったかと思います。

ジョコビッチはシモン戦でのプレーから抜け出せていないのは明らかでしたし、本人のコメントでも1日何もボールを打たずに錦織戦を迎えたと語っていました。

まず先制パンチを決めるべきは錦織の方でした。しかしそのかけ方を大きく間違えてしまったのではという第1セットでした。

ゲームプランとしてはもっとじっくり行ってもいいと思いました。ジョコビッチはもちろん泥沼流のテニスでそんな簡単に崩れる選手ではありません。普通は。

しかしあの場面は違いました。心理的にプレッシャーをかける方法はただ一つ。ジョコビッチにまず見えないものと戦わせることです。

もちろんディフェンシブに戦うことは錦織の持ち味を捨てることになります。それは一つの損失で、結局ディフェンシブに行ってもだめな場合もあります。

実はディフェンシブに行けばいいという大方の論調を完全に賛同できない理由があります。

個人的にそう見えただけですが、1セット後半から2セット目前半までは錦織が「つなぎ」を意識したラリーをしていたように見えました。

ところがじり貧ラリーでやっているにもかかわらずUEを打ってしまうので、本人の中で守っても勝手にミスしてダメなら攻めてミスしたほうがいいという思考回路になっていたのではという仮説を考えています。

なぜミスをしてしまったのか?色々原因が考えられるのですが、実は錦織はこの大会初のナイトマッチ、さらに初のロッド・レーバー・アリーナでした。

こういったファクターは小さいように見えますが無視できません。

特に錦織はハイセンスアリーナでの勝率が高いので(記憶違いでなければ無敗?)、ナイトマッチと発表された時に「まずい」と思っていました。

しかし4回戦のシモン戦という苦しい試合を戦い抜いたジョコビッチが、オフェンシブなタイプの錦織までそういう戦術を取ってきたらとりあえず嫌と感じるでしょう。それは事実だと思います。

またもう一つ「見えないもの」があります。それはあの全米です。

ジョコビッチはこの後全豪優勝インタビューで「15か月間いいプレーが続いている」とコメントしています。

Djokovic: "I am playing the best tennis of my life the past 15 months. I feel like I am at the point where everything is working in harmony"— Australian Open (@AustralianOpen) 2016, 1月 31

全豪の15か月前、それは2014年10月で、ちょうど北京から最終戦まで負けなしが始まった頃です。

その前に負けた試合は、そうです、あの全米です。

確かにそれ以降のジョコビッチの負けでショッキングだったのは、しいて言えばドーハカルロビッチくらいで、全仏のワウリンカは普通にGS優勝できる攻撃力だったしジョコビッチとしても、あの全米が一つの区切りになっているというのはよくわかります。

そして全米の何と戦わせるか?それは敗戦の恐怖です。

あの試合、実はジョコビッチがリードした場面はありませんでした。

第1セットを錦織が取り、第2セットこそ取ったものの第3セットではタイブレークで信じられないDFを連発し落とし、第4セットは先にブレークされて試合が終わりました。

それ以降、実は錦織とジョコビッチの試合で、錦織が明確にリードした場面は一度もありません。

だからこそあの第1セットは大事でした。もし取れていれば状態の上がっていなかったジョコビッチが現実の結果より泥沼にはまっていた可能性は十分にあります(勝てていた、とはあえて言いません)。

ジョコビッチは上がっていきました。試合の中で何かを掴んだのか少しずつ自分を取り戻していきます。

対して同じことを繰り返してしまったのが第2セットでした。

無理な攻めからUEを量産し、ウィナー数で同数といい感じに戦いながら、UEの数で差が付きました。

ただ一つ補足しておくと、別にUE50でもウィナー50取ればいいのが錦織のテニスなので、選択自体を否定するのはナンセンスです。

結果的にUEを打ったのに対してウィナーが比例して上がらなかったのが問題なのであって、選択自体はむしろ良かったと思っています。これは前述の通りで、ウィナーを増やす方向に錦織が舵を切っただけなのかもしれません。

そして第3セット、ついに錦織がいいプレーを出します。

無理強いに見えていた攻めが少しずつ精度を上げ、機能し始めました。

ジョコビッチも上げてきていた中での2ブレークは高く評価されるべきです。

ただウィナーが多ければミスも多かったのと、ジョコビッチがポイントを間違えませんでした。

実際1セット目を取ったにもかかわらず、ここを一気に行かれると最悪の結果もありうる場面、ジョコビッチが一枚上手でした。やるべきプレーを淡々とこなし、取れそうな主導権を錦織に最後まで渡しませんでした。

非常に評価の難しいゲームです。

錦織の良かった点も多く、否定してはいけないと思います。

しかし結果はストレート負け。これは重く受け止めないといけないと思います。

いろいろありますが、まずは一つ。

これは錦織圭にとってまだ5回目のQFの舞台だったということです。

そしてそのうち勝ったのは1回だけですが、別にこの数字が特段悪いわけではありません。

この場所は、一つ勝つごとに指数関数的に勝つのが難しくなっていきます。

特に錦織がGSの舞台で本当に活躍し始めたのは14年全米以降。トップ10に入った2014年中盤ですらそれまでの8強以上の経験は1度。これは相対的に少ないと思います。

しかもそれが24歳の時です。この頃フェデラーはすでに王朝を築きはじめ、ナダルは何度も全仏で優勝していた時期です。

ジョコビッチやマレーもマスターズで何度も勝ち、GSでは安定してQF、時には決勝まで行っていたような頃の話です。

もちろんBIG4との比較はやや厳しくはありますが、もし錦織圭に世界NO.1になることを期待するのであれば、そろそろ焦り始めないといけないのも事実です。

時代が悪かった、と言えばそれだけです。高年齢になっても勝つどころか進化を続けるBIG4や、その世代に埋もれてしまった本来であればGSを取れたであろう天才たち。そんな中で上位ラウンドまで勝ち上がり、経験を積むのは酷です。

今回QFまで行ったことはそういった意味では希望です。

錦織にとってのGSQFは、あの14全米以降3大会連続続いていました。

それがウィンブルドンで棄権負け、全米ではあの思い出したくない敗戦。

そこから、彼は戻ってきました。

やっと、トップに行く準備ができた最初の挑戦が今回だったと思います。

ですから今回の敗戦で自分の力を出し切れなかったことはある意味では仕方ないと思います。

しかし、時計は待ってはくれません。

ラオニッチはSFに行きました。彼もけがの不安と戦うキャリアになりそうですが、一発はまれば頂点というのも十分にあり得ると証明してくれました。

下の世代ではまだ時間がかかるとはいえ順調に育っている選手が数多くいます。キリオス、コリッチ、ズベレフ…挙げればきりはありません。

チャンスなのは、ここから2~3年後です。

すぐGSの決勝が来るほど甘い世界ではありませんが、一方で錦織も確固たる実力を身につけています。大きな故障さえなければ、しばらくはしっかりとトップ10付近をキープすると思います。必ずその機会はやってくるでしょう。

その間です。サーブからのパワーゲームに頼ることができない以上、とにかくフィジカルのあるここ数年です。

その間に、一つでも大きくきっかけをつかむこと。それがGS優勝、NO.1への最短航路です。

そう考えると、約10回ちょっとしか本当の意味でのチャンスはありません。

時計は待ってはくれません。苦しい2015年を超え、頂点への最初のアタック。その結果はいいものとは言えなかったでしょうが、20歳ごろからのジョコビッチはまさにこんな感じでした。

QF、SFで常にフェデラーナダルの壁に屈する。そんな場面が続きました。

いま完全無欠の強さを誇っている理由は、この敗戦の経験に他なりません。

そしてここで締めくくりたいと思います。表題にした「worse」と「worst」。

ジョコビッチはこの過程で、極端に「worst」になる試合を減らすことに成功したのだと思います。それこそが、彼がNO.1である証拠です。

この日もストロークが序盤よくなかったですが、サーブで切り抜けました。

彼は「何をすべきか」を知っているのです。ジョコビッチの試合を見ていて思うのは、その戦術判断の速さです。

1試合を通して間違えるような試合はめったにしません。シモン戦は年に数回出るか出ないかの例外的な試合でした。

そしてそういう試合を通すと、次の試合で間違えることはほとんどありません。

一方錦織は相手のテニスを崩すのではなく、自分のテニスの土俵に持っていく、というのが基本的な戦略で、まだ引き出しの少なさが垣間見えます。

これは仕方のないことです。確かに接戦には強いし、ゲームプランもありますが、本気でGS優勝する人の戦略、引き出しにはまだ遠いと見ます。

さっき私が「もつれる試合にできたのかも(勝てるとは言っていない)」としたのがこのあたりです。

フルセットでの修正力はジョコビッチの方が上手です。

あと攻めすぎた試合が多いのも気になります。全豪ワウリンカ戦、全仏ツォンガ戦といい一つの負けパターンとなっています。GSで強敵に当たると2セットくらい一気に落として、3セット目に盛り返すけど時すでに遅しというのがありますね。

このあたりの切り替えや戦況判断は結果論で言うことは簡単です。私だって言えるしみんなそう言えますが、じゃあコート上で当時何ができたかと言われると、私も含めみなさん具体的な答えを出すのは難しいのではないでしょうか。

そういうことです。これが論理的に説明できない「経験」の強みなのです。

ともあれベスト8、タフドローという見解の中しっかり4回勝って360p手に入れました。QFまでの勝ち方も2014全米に次いでよかったと思います。

戦いは、ようやく始まったばかりです。GSは4回ですが、マスターズも含め頂上アタックはいくらでもできます。

少なくとも、15年末に抱いていた不安は払しょくされつつあると思います。

14年はまだこの地点で270pしか持ってませんからね?デ杯入れても350pです。それがデ杯を入れずに405pです。

義務大会で勝っている限り、多少の微動はあっても落ちることは絶対にありません。

次はメンフィスですね。前人未到の4連覇へ。優勝へはたった4勝、しかもほとんど下位選手相手ですが、土台作りのためにも確実に欲しい250p。取りこぼしなく行けるか。まずはその結果を待ちましょう。