近づいてきた頂点の景色と、今後の希望(2016マドリードSF、ローマSF)
5/7 現地20:00~(日本時間翌日3:00~)
Masters1000 Madrid Mutua Madrid Open
SF
[6]Kei Nishikori 3-6 6(4)-7 [1]Novak Djokovic
5/14 現地20:00~(日本時間翌日3:00~)
Masters1000 Roma Internazionali BNL d’Italia
SF
[6]Kei Nishikori 6-2 4-6 6(5)-7 [1]Novak Djokovic
もやもやが晴れていく。
そんな感じです。
ジョコビッチにこれで8連敗となりましたが、今日触れるこの2敗はこれまでの6連敗とはずいぶん違います。
マドリードSFではジョコビッチのサーブが手が付けられない状態になりました。
第1セット序盤はキリオス戦で数々のピンチを救ったストローク戦で主導権を握り、ラリーではほとんどのポイントが取れていました。
しかし、不利なカウントになった途端ジョコビッチは1stサーブを入れ始めます。
奇しくもキリオス戦で私が提唱した「BPP」(ブレークポイントの手前のポイント)でのことです。
第1ゲームを0-40からジョコビッチが挽回すると、そこからはジョコビッチのサーブに対し錦織はチャンスを作れません。
決して220km/hのサーブを隅にバンバン決めていくキリオスとは違うのですが、なぜかポイントにできません。
この現象、フェデラーについても言えることです。エース本数の多いフェデラーですがそれに比例した球速のサーブを持っているわけではありません。フェデラーのサーブについてよく言われていたのがコースが読めないサーブを打ってくる、ということでした。全く同じフォームからコースを打ち分けられるとか…
ジョコビッチも、実はそういう領域にたどり着いているのでは?と最近思うようになりました。
何せベッカーがコーチについています。
ベッカーは「ブンブンサーブ」と呼ばれた(この名前は日本だけでしょうが)世界屈指のビッグサーバーの一人です。
このベッカーが2014年にコーチに就いて以降、サーブの技術が向上したことが2年以上1位をキープする安定した成績につながっているのでは?と言われることもあります。
ジョコビッチのサーブは、体の柔軟性、卓越したバックハンド、ゲームの流れの判断力など他の要素に隠れがちですが、もはや長所と言っていいのではないでしょうか。過小評価されていると思います。
錦織も1stサーブを普段よりは入れて、特にBPPでは粘り強いプレーで何度もピンチを脱していましたが、数ゲーム経ってジョコビッチがラリーの感覚を掴むと、少しずつではありますが差がついていき、ずるずるといった結果ジョコビッチのSFM、5-4の40-0まで到達しました。
が、ここでチャンスボールをジョコビッチがミス。
こんなこともあるのか…
というか、私はNHKで見ていたのですが、ちょうど放送局が切り替わったせいで、もうMP決まったと思ってつけたら40-15で狐につままれた思いでした…
さらにDFとUEで追いつくと、ここでジョコビッチのプレーが少し落ちます。
1セット目中盤で流れを掴んだジョコビッチ。本来であれば自然な形でギアアップしたのでそのままゴールまで惰性で行けるはずだったのですが、このSFMを落としてしまったことでもつれます。
錦織は足を使って苦しい状況でも何とか打球に追いつこうとしました。
正直キリオス戦が3時間近いゲームだったし、途中フットワークがきつそうだと感じることもあったので厳しいと感じていましたが、むしろプレーレベルを上げました。
マレー戦で踏ん張れず追いついてからサービスゲームを落とし続けた時とは違います。
疲労も溜まっているはずなのに、全ショットの精度を上げようとしていました。
ただジョコビッチもそんなことは織り込み済みでしょう。
そしてその結果が終盤の大事な場面で、タイブレークまで続く1stサーブ10連続インです。
これは試合が終わった後GAORAの辻野隆三さんの解説で明らかになったことですが、SFMを落としてプレーも一旦落ちかけた。
その状況からジョコビッチはサーブを入れることに傾注しそれを実行した。
本当にすごいことです。
確かにラリー戦では再び錦織が主導権を握ろうとしていました。
それに対しジョコビッチの解答は「じゃあラリーに持ち込ませない」です。
事実タイブレークでは複数のサービスポイントがあり、総合的に錦織を上回る最善の方法をやってきたのだと思います。
結果的にはストレート負けでした。だからこそ大きく喜ぶべき試合ではなかったと思うのですが、次の試合を振り返っても、大きな布石になった試合だったと思います。
何より、この試合でSFMの40-0を落としてタイブレークまでもつれることもあるということを知れたのは、錦織にとってもゲームのマインドセットとしてかなり大きな助けになったのではないでしょうか。
そしてローマのジョコビッチ戦。
まず今シーズン、2大会連続ジョコビッチと顔を合わせた選手はマレーと錦織の二人だけです(デ杯をノーカウントにするならロペスも)。
しかも錦織はともにマスターズSFでの対戦。マレーの連続決勝はもっとすごいですが、連続準決勝でも相当すごいことです。
当たり前のようにBIG4と毎週当たる。2週連続の大会であっても。
こういうトップ選手であれば当たり前のような前提も、まだ錦織にとっては当たり前ではありませんでした。
そしてこんな時にありがちなのがガス欠。
バルセロナでのナダルとの激闘から1週間空けて、そこから11日間で8試合。移動も込み。
これまでBIG4やベルディヒ、フェレール、デルポトロらが当たり前のようにこなしてきたハードスケジュールに足を踏み入れました。ここで踏ん張れるか。マスターズで優勝を取るためには必ず必要です。
とは言ったものの、マドリードでは序盤からタイトな試合をこなし続けていたこともあり、さらにティエム戦ではMTOを取り、わざと省エネでテニスをしているような動きにも見える場面も。今回は仕方ないと割り切っていました。
しかし試合はとんでもない出来事から幕を開けます。
第1セット最初のチェンジコート、ジョコビッチはいきなりMTOを取ります。
原因は結局靴についた砂をラケットで叩いて払う動作で、自分の足を叩いてしまったことみたいですが…
最初は念のためかなと思っていましたが、そんなこともなく明らかにおかしな動きを見せます。
一方の錦織もフットワークは全開とは言えず、もやもやした状態で試合が進みます。
しかしジョコビッチにミスが出てしまったのと、今クレーシーズンで錦織の最大の武器となっているバックDTLが冴えわたり、ジョコビッチから次々チャンスボールを作り出します。
結果6-2で1セット目を取りますが、ジョコビッチも少しずつ戻そうとしてきていて、まだ状況はわからない、そんな感じでした。
そして私はこの試合の敗因をあえて第2セットに挙げます。
まだ上げきれていなかったジョコビッチに対し、序盤自分のミスも加わってキープ合戦になりました。ここでした。
錦織はリターンのBPでセカンドサーブになる場面もあって押している時間帯もありました。一方でサービスゲームでも幾度とないBPを迎えましたが、ジョコビッチが早打ちUEを量産してしまったこともあり、まだ試合は「もやもや」の状況を抜けていなかったと私は振り返っています。
この状況で1ブレークリードすることができていれば…一気に決めていた可能性はあります。
と言ってもこれは結果論です。まさかファイナルセットにあんなプレーを隠し持っているなんてその時は知る由もありませんでした。
あれが2セット目に出せていたら、ジョコビッチが上げきる前に試合が終わっていた可能性もあります。
お互いにBPを迎える中終盤錦織のUEが目立ってしまい、ジョコビッチのオンラインのショットがラインのテープで滑って、錦織のフレームショットになるなど不運も重なってジョコビッチがこの試合初のブレーク。試合はファイナルセットに入ります。
一般論、ジョコビッチのファイナルセットは大方6-1や6-2など大差になります。
ましてやこの場面、耐えに耐えぬいて錦織が全体的に押していたのに気がつけば1セットオール。
こんなチャンスジョコビッチは必ず逃しません。こういうゲームを拾ってきたからこそ、彼は世界1位なのですから。
最初の錦織のサービスゲームでした。このゲームのジョコビッチのUEは0でした。
疲労から足の踏ん張りが利かなくなり、フットワークの悪くなってきた錦織はしのげず、あっという間に0-3となります。
UEのない、いつものジョコビッチでした。
試合はもう終わったかに見えました。
マイアミ終了後、私はジョコビッチに勝つ方法として次のようなことを言いました。
私が提示できるのは、今のところさっきの論理の逆の発想です。
ジョコビッチにUEがない?だったら打たせればいい、リスクを取らせればいい。
ジョコビッチからウィナーが取れない?だったら取りに行かなくていい。
ジョコビッチ相手に先に仕掛けるのは自殺行為?だったら仕掛けなくてもいい。
結局、ポイントを取るためには錦織がウィナーを打つか、ジョコビッチがFEするかUEするか。この3択です。
そして展開しても難なく返してくるためFEの数が少なく、かつUEも少ない。だからこそライバルたちは困っているわけです。打つ手がないと。
この試合、錦織が見せたプレーは意外でした。ウィナーを取るだけではありません。FE、そしてUEを引き出すことも視野に入れたテニスでした。
劣勢になったこの場面、気が付くと錦織のフットワークは戻ってきました。
最後の引き出しを出そうとしたのだと思います。
体力がついたとはいえ、上位選手でもタフなマッチアップ。正直フットワークが戻っていること自体衝撃でしたが、それでいてプレーが研ぎ澄まされていきました。
攻めるしかない。
答えはこうでした。
バックDTLを中心として攻めるテニス。しかも守備の向上を加えての厚みのあるプレーです。
ジョコビッチからラリーでブレークを引き出すと(まずそれがすごい)、バック逆クロスDTLを決めるなどとにかくショットの精度が上がる。それにつられてジョコビッチのプレーレベルも上がり、最終数ゲームは無駄なポイントはほとんどありませんでした。すべてが密度の高いポイントで、最初の2セットはなんだったのかという試合内容になりました。
そしてプレーレベルが上がり、、ジョコビッチにもミスが出ました。特に12ゲーム目です。
どういうことかと言われそうですが、ここに来てプレーレベルが上がった錦織を見て攻めの比重を上げた結果でもあると思っていますが、ジョコビッチにはプレッシャーが出てきたと思っています。いいプレーができているけど、それが続かなくなったらやられる。お互いがいいプレーをしているということはそういうことです。SFMを落とした先週の対戦もよぎったことでしょう。
この場面をブレークして難なく試合を終えることもあるジョコビッチが、錦織にラブゲームキープを許しました。
衝撃でした。
タイブレーク。お互いにいいプレーの応酬でした。
悔やむべきポイントはやはり錦織3-1からの5連続失点。
最初のポイントはジョコビッチの形だったので仕方ない、その次も厳しいラリーでのバックアウトのミスなのでここまでは納得できるとして、3-3からのDFと、ジョコビッチ4-3のセカンドサーブをリターンミスした、この2本がもったいなかった。
DFはタイブレークなのでいつやっても致命傷ですが、セカンドサーブのリターンミスは結果的に判断ミスだったと思います。
何せ4-3に至るまでのジョコビッチのサービスからのポイントは全部で3ポイントありましたが、そのうち2ポイントを錦織が取っています。タイブレークの序盤はミニブレーク合戦だったのです。
だから守備的うんぬんの話ではなく、じっくりラリーに持ち込めば取れていた可能性も結構ありました。
あそこでギャンブルプレーに出た判断が正しかったのか…
本人も「勝ちを意識して攻めすぎた」と談話で語っています。
もったいなかった。ここを堅実にプレーしていれば、UEも出ていたジョコビッチをさらに焦らせることもできたのでは?と思いました。
この2試合に共通して言えることは
・実は錦織は1試合2ブレークしかされていない
・ジョコビッチの焦りが垣間見えた
この2点があったことが大きな収穫です。
マイアミの時にも書きましたが、ブレーク率30%を超えてくるようなジョコビッチからオールキープするのは無理です。そういう勝ち方は考えないほうがいいと思っています。
1ブレークされても2ブレークして勝つ。
この言葉の前半が達成されたことは大きな収穫です。
またSFMのMPをイージーミスしたところで崩れ、ローマでも必死に自分と観客を鼓舞するなど、普通にしていれば絶対見られないようなプレーや振る舞いが見えました。
特にジョコビッチは劣勢やタイトな試合になると、ストロークの時に「あっふーん」という感じの声を出します。
1位の時代になってからあまり聞こえなくなっていたのですが、この2試合ではジョコビッチはしきりに声を出していたのが印象的でした。
近づいています。もちろん勝てなかったことは結構痛いし、対BIG4の連敗も続いています。
ただこの2試合を見て、スコアが近づいたということもさることながら、ゲーム内容でしっかり食らいつけるようになったことが何よりもポジティブなことではないでしょうか。
あのデ杯マレー戦以降、負け試合ですら錦織はコンスタントにいいプレーをしています。
いつも言っていますが実力が底上げされ、その平均が上がった時に「強くなった」と言えると。
だとすれば、ここ3ヶ月の錦織はフロックではなく確実に「強くなった」のではないでしょうか。
前哨戦としては正直100点満点です。
けがなく、対BIG4すでに今シーズン7回。ジョコビッチと4回対戦しています。
タイブレークでのミスだって、必ず次に活きます。経験値を毎大会獲得しています。
さて気が早いですが日曜日から全仏OPです。
ドロー発表は金曜深夜。土曜以降にドロー解説となります。
今回の全仏はまれにみる面白さだと思います。
まず、主要大会である3つのマスターズを、ジョコビッチ、ナダル、マレーで分け合いました。
ジョコビッチはやはり総合力で優勝候補筆頭でしょう。
しかしそのジョコビッチに土をつけたマレーは、苦手と言われていたクレーをここ2年で完全に克服し、むしろラリーの組み立てのうまさから得意サーフェスなのでは?と思わせるほどの強さになりました。
そしてなんといってもこの男、ラファエル・ナダルです。
すべてのテニスファンが待っていました。モンテカルロ-バルセロナの2週連続優勝。
フェデラーを除いたBIG4の3人が本命、対抗でしょう。
そして大穴が錦織、キリオス、こういった選手たちです。
参考までにクレーシーズンの獲得ポイント上位5名です。
ナダル 2040
マレー 1960
ジョコビッチ 1610
錦織 1020
モンフィス 655
錦織はファンであることを抜きにして、フラットに見ても優勝候補4番手の位置にいると思います。
シード位置上ドローに左右されることは否めませんが、ドロー位置次第では一気に今大会来る可能性を秘めています。
キリオスは成績的にはマスターズ8強、16強ですが、負けた相手は錦織とナダル。今やっているプレーからしてもこれは相手が悪かったと考えるほうが自然です。
そしてこれらの選手に加えてベテラン選手の復活も待たれます。フェレール、ベルディヒです。
フェデラーはけがが回復すればまたすぐ戻ってくるはずです。シード位置の恩恵を生かし、全仏優勝経験のあるこの人も駆け上がってくる可能性はあります。
地元勢は毎年ですが優勝を狙います。ツォンガ、ガスケ、シモン、モンフィス。特に今年のモンフィスは大注目です。中位にはペールとプイユもいます。
さらに若手勢です。「Young Guns」、「nextgen」、この2つの勢力が力をつけてきています。
ラオニッチ、ティエム、ゴフィン、ベズリー、ズベレフ、コリッチ…
ナダルが前人未到の「Dream10」を達成するか、ついに悲願のキャリアグランドスラムをジョコビッチが達成するか、マレーが最も遠いと言われていたGSを取るのか、ワウリンカが誰も予想しなかった連覇を達成するのか、ベテラン勢から初GS優勝者が出るのか、それとも若手選手についにGS優勝者が誕生するのか…
BIG4という時代をいまだ抜けてはいないものの、2年前と同じような氷山の割れる音が聞こえてきている、そんな気がします。
最後に。
最近更新されていないTENNIS LOVERSさんの名記事「最高のしのぎあいと、かすかに感じた一抹の不安(後編)」(2015年全米後執筆)からです。
私たちはBIG4による最高の時代を楽しんでいる。だがそれは着実に終わりに近づいている。彼らがなきあと、果たしてテニス界はどうなってしまうのだろうか?WB、モントリオール、シンシナティ、全米と見てきて、私が持っている「BIG4の後」についての疑念は大きくなるばかりである。
(中略)
この状況が続くなら、世代交代はBIG4自身の衰えによってのみもたらされることになる可能性が大きい。その時のテニス界を、我々は今までと同じように熱心に応援できるだろうか?今の自分にはその自信がない。
(中略)
私は同じように次世代のトップに立ったものとして、どうしてもデルポトロと錦織を比較してしまう。錦織25歳の誕生日でも私はそんな論調で記事を書いていたようだが、その見立ては正しかったのだろうか。
2013年デルポトロの対BIG4:4勝7敗(全米後時点2勝3敗)
この年のデルポトロはまさに決死の覚悟を持って臨んだシーズンであった。
(中略)
BIG4の壁にたった一人で挑んだ勇者は、翌年ついに力尽きることになる。
確かに勝ててないけど、今年の錦織は5ヶ月で7回、直近3ヶ月で5回も戦ってます。
そしてBIG4の壁と戦おうとしているのはもうデルポトロ一人ではない。
けがで鳴りを潜めているとはいえラオニッチ、そしてキリオス、ティエム、そしてこの26歳以下のBIG4以下世代の中で、今もなお先頭を走っているのは錦織圭です。
TENNIS LOVERSさん、どこかで見てますか。見てますよね?
あなたが憂慮していたATPツアーはこんなに面白くなりましたよ。
私も去年はあなたのように思ってました。つまらないと。
でもまた扉は開こうとしてます。もちろんBIG4もバリバリ元気です。
世代交代の波をどこかで見届けてください。
そしてよかったら、またここに戻ってきてください。